覚せい剤

覚せい剤には、メタンフェタミンとアンフェタミンがある。メタンフェタミンは、我が国でエフェドリンから合成されたものであり、エフェドリンは咳止め効果のある生薬の麻黄(マオウ)の成分である。性状は白色、無臭の結晶で水に溶けやすい。1941年にヒロポンなどの販売名で発売され、第二次世界大戦時には軍需工場の労働者が徹夜作業を行う際にヒロポンを服用したという。戦後、大量の覚せい剤が民間に放出され、虚無的享楽の手段として乱用された。第一次覚せい剤使用期の昭和29年には史上最高の5万5千人が検挙された。

 

 市場に出回っている(医療向けの正規製造品のこと)アンフェタミン系覚せい剤は膨大な数に及びますが、それらは三つに分けることができます。即ち、アンフェタミンのグループ、デキストロ・アンフェタミンのグループ、そしてメタンフェタミンのグループです。これらの物質の全ては、化学的な構造こそ違っていても、これらの合成薬物の作用はいずれも長時間に及ぶもので、コカインと同様に中枢神経に働きます。

 手造品であってStreet Speedの名で知られる覚せい剤をはじめ、多くの密造覚せい剤にあっては、ラクトース(lactose乳糖)、エプソムソルツ(エプソム塩といわれる嘔吐剤)、キニーネ、殺虫剤、写真の現像液、そしてストリキニーネなどが混ぜられていることがあります。重度の「覚せい剤狂」と言われる人々の中には、最早、耐性ができてしまっているために、効き目の弱いクスリでは満足できず、こうした夾雑物がいろいろ入っているものの方が目が眩むような(フラッシュという)一段と急激なショックを伴う効き目をもたらすとして、特に好む人々もおります。しかし、有毒な混和物はときとして死に至らしめることもあります。普通、ひとには自然に備わった拒否反応・・・例えば「嘔吐」など・・・がありますが、これら有毒な混和物が入っていた場合には、あるべき拒否反応が、機能しなくなってしまうからです。

 一般に、臭いの無いものはカプセル状のものを除き、服用した際には苦みがありますが、アンフェタミン類では、吸入や注射もされます。(カプセルを注射する、とあるが、当然その中身の粉末を溶かして注射するという意味)最も危険なアンフェタミン摂取方法は注射することですが、この方法は多くの「覚せい剤狂」(speed freak。重度な乱用者のことである)達の間で最も好まれている。循環器系統に直接入り込むことによって瞬時に生じる強大な快感(俗語でいう「ラッシュ」[rush])のためです。

 「瞬時に」快感を生じるこの方法において、アンフェタミンを「スピード」(Speed)と呼ぶのは誠に当を得ているといえます。「スピーディング」(Speeding)とは一連の注射行為をいいますが、いずれの段階にあっても即座に強烈な感覚のクライマックスと全身快感が引き起こされます。アンフェタミン類は即座に循環器系に吸収されてゆきます。大いなる自信と意気軒高を感じさせることにはじまる薬効が、やがてジェットコースターに乗って宙を舞うような感じを引き起こします。

 覚せい剤乱用者は、無限の力を得て、何事も意のままに操ることができると感じるのです。瞳孔は散大し、呼吸数は急激に上がり、心臓はまさに早鐘を打ち鳴らすような状態になり、粘膜は乾ききってしまいます。こうした状況の中で、ものを言おうとしても何を言っているのか訳も判らないような有り様になります。乱用者は何か一つ夢中になるようなことがあってもそれ以外のことはすべて度外視してしまいます。最初の目眩めくような快感は、蓄えられたエネルギーが消耗されるにつれて、多幸感や高揚した気分へと変わってゆきます。

 精神的並びに肉体的に、最早超人と化した彼には如何なる離れ業も可能と感じさせるのです。彼にとって、人生などほんのマンガです。そしてスピーダー(覚せい剤乱用者)は快感の敷き詰められた道路をひた走るのです。

 かくも強烈なヴァイタリティーですが、一旦体内エネルギーが枯渇すると、やがて萎んでゆきます。一気に訪れる不安と狼狽と混乱に支配されてしまうのです。スピーダーの快調な疾走もエネルギー切れを迎えると、イライラは偏執病の症状を呈し、そして極度の疲労感に襲われます。頭痛、動悸、目眩、激昂、不安、そして錯乱した状態が、それまでのエクスタシーにとって変わるのです。

 上記のもの以外の乱用のパターンでは、バルビツレートの乱用があります。アンフェタミンと交互に、或いはこれと組み合わせで使う場合もあります。乱用者が覚せい剤をメチャクチャに使用してすっかり目が冴え眠れなくなったときなどに、自ら鎮静化させる目的でバルビツレートを使用する、といった使い方などが、その一例です。

 再びハイな気分を味わおうとする際には、また覚せい剤を使いますので、覚せい剤と睡眠薬との交互のサイクルがつくられることになります。「グーフボールズ」(Goofballs。goofは狂人といった語感を持つ俗語で、マンガの主人公になったこともあり、転じてLSDの絵柄になったりしています。ここでは、アンフェタミン類とバルビツレートとを一緒にしたもの)を使用していますと、それと気付かないうちに、バルビツレートの中毒になってしまうことがあります。食欲不振は拒食症へと進行し、食物をまったく受け付けなくなったり、体重が極端に減少し、物を飲み込むことさえ出来なくなったりします。

 大抵の乱用者の場合、不眠は一両日ですが、重度の中毒者になりますと、クスリがきれて「ツブレ」の状態になる前の「走っている」間(クスリが効いてギラギラした状態)、長いときには数日から数週間に及ぶこともあります。幻覚や誤解などのほか、不眠に伴って身体機能の不調も生じ、しかもこれらの症状はクスリを中断しても持続します。

 妄想の世界にどんどんはまり込んで行きつつあることは、乱用者自身、意識の中では気付いてはいるものの、嘗ては現実が満たしていた彼の心の真空を、いまや不安と猜疑心だけが充満していく様を、ただじっと見詰める以外に、為すすべがないのです。やがて、多量を使用する者にあっては、被害妄想の感情に左右される偏執病を経験することになるのです。

 アンフェタミン系覚せい剤は、仮に多量に用いたとしても、それ自体が人を殺すまでにいたるのは、むしろ稀です。つまり長期間にわたる薬物の乱用の「副作用」が人を殺すことはあり得る訳で、「死亡」が発生するとすれば、まさに覚せい剤狂に共通している凶暴性そのものであると言えましょう。

 偏執狂的症状や、異常に亢進した活動性、感情的起伏の極端な変化などは、必然的に生じる生活スタイルの変化と相俟って、強姦や殺人などの暴力的行動へと駆り立てることになります。アンフェタミン系覚せい剤とバルビツレートとの併用は「覚せい剤狂」に対して、単に「ダウナー」(バルビツレートの俗称)が凶暴性の誘因となるのみならず「アッパー」(覚せい剤の俗称)がその凶暴性を実行させる起爆剤として働くのです。

 乱用が長期化しますと、当然栄養の障害から諸々の疾病や細菌感染などが生じ易くなります。注射針からの感染ではウィルス性肝炎による肝機能障害のほか、エイズがあります。また水に溶けない不純物を含んだ覚せい剤を注射しますと細い血管に詰まったり脆弱化させたりする原因となるほか、腎臓病や肺機能障害をも引き起こします。